座長挨拶

森崎 隆幸
東京大学医科学研究所 人癌病因遺伝子分野 特任教授

 バイオバンクは、21世紀初頭にヒトゲノム解析研究の先に行うべき疾患研究を見据えて、ゲノム研究の発展に必要な大規模な試料・情報の収集とそれを用いた研究として、住民コホート研究ついで疾患コホート研究として大規模な収集が開始された。欧州では試料/情報の収集に国家レベルで法的裏付けを持って行われてきた。日本では2003年に疾患コホートとしてバイオバンク・ジャパンが立ち上がったが、法的・社会的裏付けはバンク構築をしながら整備を進め、その経験のもとに東北メディカルメガバンク、ナショナルセンター・バイオバンクネットワークなど住民コホート、疾患コホートをベースにしたバイオバンク事業が構築されてきた。さらに、近年、研究に必要な試料・情報(生体資源)の収集は医療機関単位で立ち上がり、収集資源の利活用にむけた方策が模索されているが、日本のバイオバンクの社会的インフラとしての基盤は決して十分ではない。
 バイオバンクで収集された試料情報の利用率は国外でも課題を考えられており、研究利用されるバイオバンク、社会インフラとして必要なバイオバンク、としてどうあるべきか、について検討が必要と考えられている。今回、バイオバンクについての国内の現状や取り組みを紹介し、また、国外状況との対比も行って議論を深め、バイオバンクの発展に資する機会になることを期待する。


座長挨拶

鶴山 竜昭
京都大学医学研究科創薬医学講座病理分野
京都大学医学部附属病院先端機器開発・臨床研究センター内
クリニカルバイオリソースセンター 特定教授

 1990年代から生命科学・環境モニタリング・臨床研究の基盤を支える生物試料を大量に収集、保管するバイオバンクが世界中で設立、整備がすすんできた。サンプルを多量採取し、保管する施設にはじまり、生物多様性の維持、生命科学研究のデータの再現性を確保するための保管条件の標準化、近年では、臨床研究・先端医療をささえるインフラとして評価されるに至っている。
 現在世界最大のバイオバンクの国際学会・フォーラムInternational Society for Biological and Environmental Repositories (ISBER:環境及び生物学的リポジトリ国際学会)の国際総会は、今年2019年に20周年を迎え、初めてのアジア開催として中国は上海で多くの参加を得て開催された。またISBERのベストプラクティス第4版の出版および附則の出版、国際標準化機構のISO 20387(Biotechnology  Biobanking  General requirements for biobanking)なども昨年から今年にかけて出版があいついでいる。その中で、今後バイオバンクが取り組む課題として、事業運営方針・組織運営、保管技術・品質管理、試料分析技術、事故・災害時のリスクマネージメント、人員配置と教育・研修、インフォームド・コンセント手続きなどの生命倫理的な課題も共有されるようになった。さらに事業運営するための財務管理、サステナビリティ、保管サンプルの利活用のしくみが求められている。これからのバイオバンクの発展にむけてご講演される先生がた、参加者各位と議論をすすめていければ幸いである。

社会インフラとしてのバイオバンクには何が必要か

中江 裕樹
特定非営利活動法人バイオ計測技術コンソーシアム 事務局長
一般社団法人日本生物資源産業利用協議会 理事

 バイオバンクは、ヘルスケアに関わる研究開発を支える基盤として認識され、世界各国で構築が進められている。バイオバンクの国際的なネットワーク化が進む中で、ISOにおいてもバイオバンキングの一般要求事項(ISO 20387)が発行(2018年8月)されるなど、国際標準化も進んできている。日本国内でも、50以上のヒト臨床検体のバイオバンクや、微生物、モデル生物、農業資源バンクなど20世紀から数多くのバイオバンクが存在する。
 これまで研究者あるいは研究機関が個々で行ってきて大切に保管されている生体試料リソースを、今や社会全体でどのように活用し、国民生活の質の向上につなげていくかが問われる時代になった。現在、AMEDなどが支援する国家プロジェクトの元で、国内のバイオバンクをオンラインで結び横断検索を可能とするシステム構築が進んでおり、この活動は社会インフラ整備の一環と考えられる。しかしながら、今、日本国内の中で見えてこないのは、社会全体としてどうバイオバンク、バイオリソースを活用してくのかという社会システムの設計図である。
 バイオバンクに関わる社会システムは、バイオバンクへ試料を提供するドナー、バイオバンク発の研究開発からの最終成果物による恩恵を享受する一般市民・国民にとって不可欠であり、またこれらを仲介し、人々への恩恵を目に見える形のモノ・サービスへ変換する産業セクターの存在基盤でもある。それぞれがどのような役割を担い、ともにバイオバンク社会に参加していくのか。行政側の参画を含め、今後の発展がめざましい分野であるバイオバンク社会の構築について、現状の把握と特に産業界からの期待について話題提供を行う。


我が国のバイオバンクに求められていること

田中 康博
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 基盤研究事業部 バイオバンク課 調査役

 「貯めるだけでなく、活用されるバンク」を目指して国内の主なバイオバンクは試料の利活用に動き出している。ゲノム医療研究等に関わる企業を含めた多くの研究者にとって利用しやすい環境整備が進みつつある。そのため、バイオバンクの利用者が増えるに伴い、バイオバンク利用のニーズが多様になってきている。例えば時系列的に採取された試料、凍結保存試料ではなく新鮮組織等、既存のバイオバンクでは対象としていなかった種類の試料が求められてきたり、さらには研究・臨床試験レベルにとどまらず実臨床、クリニカル・バイオバンク、への利用にも目が向けられてきている。ただし、バイオバンクを支えているのは、紛れもなく試料を提供している患者等の協力者であり、試料の利用目的を理解、納得して提供に協力していただいているということが根底である。
 このような状況において、「バイオバンクが必要なのは当然、当たり前」という根本的大前提の枠をも取り除き、国民の健康・医療にとって本当に何が求められているのか、原点に立ち戻って考えて、もしバイオバンクが必要であれば再構築すべき時期ではないかと考える。
 一方、海外のバイオバンクに目を向けると、イギリス、デンマーク、アイスランド等は国民の健康、医療を支える基盤としてバイオバンクを位置づけ、健康医療情報と組み合わせて、国が管理、運営している。
 このような海外のバイオバンクと比較し、我が国のバイオバンクのあるべき姿について考えてみたい。


社会におけるバイオバンクの役割とあり方

三成 寿作
京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門 特定准教授

 近生体由来の試料や情報を収集・蓄積・分譲するバイオバンクは、近年、様々な疾患研究を実施する上で重要な研究基盤となっている。たとえば、希少疾患・難病や体細胞がんといった疾患別のバイオバンクに加え、健常者に特化したバイオバンク等、目的や用途に応じて様々なバイオバンクが存在している。このようなバイオバンクを通じた試料や情報の二次的な利活用や、得られた結果のバイオバンクへのフィードバックは、疾患研究の発展とともにバイオバンクの価値を高めていく可能性がある。しかしながら、バイオバンクは研究基盤という性質を有しているため、経済的な観点を含め、それ自体の継続・発展的な運用のあり方が主要な論点となる。バイオバンクという存在が社会的恩恵をもたらし得るのであれば、公共的観点からバイオバンクの存在や運用のあり方を議論する価値がある。本研究発表では、このような社会におけるバイオバンクのあり方について話題提供を行う。


バイオバンク検体の利活用に必要な精度管理と標準化
-国内外の取り組み-

松下 一之
千葉大学医学部附属病院 検査部部長・遺伝子診療部診療教授

 バイオバンク検体の利活用に関する近年の動きとしては1)AMEDのゲノム医療研究支援を受けた「バイオバンク連絡会」、2)クリニカルバイオバンク学会、3) CIBER(一般社団法人 日本生物資源産業利用協議会)などの活動がある。1)ではこれまでに7回の連絡会を開催されており、ナショナルセンター、企業、アカデミアなどの活発な意見交換が行われている。2)では病理、臨床腫瘍、外科、臨床検査、臨床遺伝などのアカデミアや関連企業の視点からの臨床検体の利活用とクリニカルシークエンスの医療実装をテーマにしている。3)により国内にISBERなどの国際機関の連携窓口が設置されIBBL、BBMRI-ERICの情報共有が可能となった。このように国内でも臨床検体の利活用の実装への共通認識が形成されつつある。一方、検体利活用を産学で実装するための倫理、コスト負担(公費負担の割合を含む)、バイオバンクの持続可能性とその評価法、保存検体の標準化やその国際認定標準であるISO20387の国内での第3者認定方法など多くの課題もある。
 臨床検体はその利用目的や利用方法、技術によって検体管理、臨床情報、ゲノム情報など精度管理の標準化は大きく異なる。これらの多様な臨床検体、それに付随するデータの国内外における標準化の考え方について臨床検査医の立場から現状を紹介する。国際的には、2019年、ISO TR 22758(ISO 20387を実施するためのガイダンス文書)のドラフトが作成中であり、略語として、BMaD(関連データ)とFIP(目的適合性)という言葉が用いられている。
1) BMaD has been used to indicate biological materials and/or associated data, as defined in ISO 20387.
2) FIP indicates fitness for the intended purpose, as defined in ISO 20387.
 臨床検査を終了した残余検体(既存試料)の研究利用について研究利用も議論されている(日本臨床検査医学会)。本シンポジウムでは、上記に記した近年の取り組みを概観し、ISO15189における臨床検査室の標準化とISO20387のバイオバンクにおける標準化を比較し、多様な目的に具体的に対応するための国内連携について考察する。さらにバイオバンク検体の精度管理に不可欠な病理分門と検体検査部門との連携についても千葉大学病院の取組を中心に紹介する。


 

横井 左奈
千葉県がんセンター 研究所がんゲノムセンター 部長

 


利活用促進へ向けたバイオバンクの取組み:疾患コホート事業としてのバイオバンク・ジャパンの現状と課題

森崎 隆幸
東京大学医科学研究所人癌病因遺伝子分野 特任教授

 バイオバンク・ジャパン(BBJ)はオーダーメイド医療(個別化医療)をめざすプロジェクトとして2003年に開始し、日本全国の12医療機関を受診した総計で27万人のよくある病気51疾患の患者の協力を得て、DNA、血清、臨床情報を収集して疾患ゲノム研究を推進する疾患コホートである。これまでに収集し良好な条件で保管されている試料はDNA約80万本、血清約197万本であり、収集した疾患関連の臨床情報は3,300項目以上に及ぶ。
 コホート事業は、集めた試料・情報の利用により、研究の発展、さらにその結果としてより良い医療の実現として社会実装につながるべきであり、BBJもニーズに合ったバイオバンクとして、試料・情報の利活用の推進に努めている。近年、生体試料の研究利用ニーズに対応するクリニカルバイオバンクが増えているが、BBJは大規模バイオバンクとしてそのスケールメリットを生かした管理体制、試料・情報の加工や網羅的解析データの利用などを通して、ニーズにマッチさせた、より使いやすい利活用の方策の模索も行っている。同時に、社会の活動インフラとして、参加者を含む社会全体がバンク事業を成果や社会実装への道筋を実感できる情報発信も重要と考えて活動している。
 今回、こうした視点からBBJの現状と課題を整理して紹介する。


Mission and goals of International Agency for Research on Cancer (IARC)

Zisis Kozlakidis
IARC/WHO

The International Agency for Research on Cancer (IARC) is an executive agency of the World Health Organization (WHO) with headquarters in Lyon, France. IARC focuses on research for cancer prevention, and has been instrumental in the past 50 years in the development and support of guidelines and standards for the benefit of public health worldwide. Additionally, IARC acts as the reference point for the global classification of tumours, the global cancer observatory, as well as the support of central infrastructure such as laboratory services and the biobank to enhance ground-breaking cancer research, and develop local research capacity in LMICs.


The IARC Biobank (IBB) provides integrated support in specimen collections, annotation, processing and storing in appropriate conditions, as well as distributing worldwide. Large-scale collections constitute the cornerstone of cancer prevention research and the IBB provides a key platform for cancer research maintaining high-quality, research-ready biological samples from collaborative studies conducted worldwide. IARC is actively engaged in such collections and, when required, acts as custodian for samples from multicentre studies in a safe and secure environment.